海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

神保町

PM 18:15を過ぎた頃、その人は左斜め前に座った。

 

二人がけの席、かばんをおいて、

真っ赤なマフラーを外し、白い麻のような薄着の長いコートを脱いで、置いた。

向かいに座る。

 

赤いマフラー と 白いコート

 

本と煙草を取り出す。給仕係がやってくる。コーヒーを、と。

本はどこか近くの古本屋で買ったものだろう。頭のページからめくる。

ぱら、ぱら、と、めくる。

 

小柄な背中に、丸みを帯びた黒い靴。

奥のキッチンから調理器具の音と、おばさまたちの歓談が店を支配する。

小さくジャズが流れる。

 

「お待たせいたしました」

「ミルク、結構です」

「かしこまりました」

 

本を閉じ、黒い液体をすする。

張りつめた背中、煙草を一本取り出す。

沈黙

 

また、すする。

小さくジャズが流れる。

 

そうして

いくばくか時間が経ったころ

彼女は左手首を凝視して

静かに席を立った

ミルクのないコーヒーを少し残して

地下鉄の入り口のほうへ吸い込まれていった

 

赤いマフラー と 白いコート

 

 

 

手元の電話が七時ちょうどを告げていた。

最後まで顔を見ることができなかったその人は、

メトロを乗り継ぎ銀座で降りるのだろうか 

それとも

混雑のなか新宿まで運ばれ 複雑なあの駅をマフラー揺らして歩くのだろうか 

そして

こんな本見つけたんだ と見せるのだろうか

大切な人に