海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

アーキテクチャの生態系

アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか

アーキテクチャの生態系――情報環境はいかに設計されてきたか

本書を自分なりに一言でまとめると、

アーキテクチャ(architecture)という概念を用いて、現代(特に日本)の主要なweb技術やサービスを解体し再構築(reload)を試みている本」

だと思う。全編を通して核となる思想がタイトルにもある「architecture」と「eco system」。個人的に重要と思われたのは、そうした概念をコンパクトに解説し、かつGoogle2ちゃんねるを対象にそれらをあてはめて考察している第1〜3章だった。特に情報社会学において基本となる人物や書籍について広く知ることができたのがよかった。いくつか気になった点、キーワードについてまとめる。


<architecture>

architectureとは、Lawrence Lessigが「CODE」で提唱している概念。

規範(慣習)・法律・市場(といったことば)に並ぶ、人の行動や社会秩序を規制(control)するための方法で、architectureはcontrolされる側(被規制者)の行為の可能性を技術的あるいは物理的に封じることができる。

そのため

  1. architectureは被規制者にルールや価値観を内面化するプロセスを持たせる必要が無い。
  2. architectureは被規制者に、そのcontrolの存在を気づかせない。彼等が無意識のうちにcontrolを働きかけることができる


<eco system>

eco system(生態系) 本書に置ける自律分散協調するシステムの呼称・比喩。同様な意味を持つ言葉にミーム、進化・自然淘汰、ニューラルネットワーク創発、等。ミームとはRichard Dawkinsの「利己的な遺伝子」のなかで提唱している概念で、人から人へ流れる情報の基本単位のこと。


<繋がりの社会性>

2ちゃんねるやケータイ文化に見られる特徴に、メッセージの内容そのものよりも「繋がっている」ことそのものにリアリティを感じることを筆者はこう呼んでいる。YouTubeニコニコ動画(本書ではあまり言及が無いがTwitterも)は、すべて繋がりの社会性を実現するためのarchitectureであるとも述べている。

こうした主張はある意味私の中では常識的なもので、さらに押し進めて考えるとShannonの情報の定義に当てはまる気がした。すなわち、何かの信号が伝わってきたとき、それがどういうものであるか(意味内容)よりも、どういった形をしているか、情報量で判断するという主張。いまは、少なくとも日本はインターネットが普及し、情報伝達の仕組みが成熟しつつある時期なので、「繋がりの社会性」が叫ばれるのは必然のように思う。(その善し悪しは別として)


<情報の非対称性

もともとは経済学用語でジョージ・アカロフが提唱した、情報をoutputするものとinputするものの知識の落差のこと。情報の非対称性が現れる現象としてレモン市場がある。レモン市場とは、消費者が、購入する財やサービスの質を十分に知ることができないために劣悪な商品が出回ってしまう現象のこと。これを解決する方法として、筆者は、梅田望夫氏の「もっと人をほめろ」という主張を例に取り上げている。つまり、インターネット上で相互にユーザが褒め合う、すなわち自己をenpowermentすることで自らをブランド化することができる。Blog等で個人単位のブランド化が進むことで、社会における信頼を大きな組織ではなく個という単位で獲得することができる。

(2011年現在において実現されているこのempowermentの方法として、likeボタンが真っ先に思い浮かんだ。個人的にlikeボタンはメッセージの内容そのものよりも、likeしている対象に関心を持っている、というポーズだけを抽出したものだと思っている。これは先の「繋がりの社会性」architectureの典型的な例だと感じた。)


<GemeinschaftとGesellschaft>

テンニエスが提唱した社会学の古典的な概念。


<読後の雑感>

本書の著者は私が所属する大学の同じキャンパスの遠い先輩であることもあり、情報環境について日々思考している者にとってはなじみやすく理解も容易だった。しかし決定的な違和感があった。それは本著が発行された2008年と、いまの2011年はすでにかなり違っていて、著者の解釈や予想が今に当てはまらない箇所が少なくないということ。2008年は私が大学に入学し、初めて自分のPCを持ったり、親の制約なしに自由にインターネットをし始めた年だった。入学と同時にTwittermixiも始めたし、いきなりインターネットのヘビーユーザになったので、この間の3年間の変化は割とわかってきているつもりだ。それだけ、情報社会やインターネットの世界は変化がめまぐるしく、予想がつかないということなんだと思う。これは今だから思えることだけども、もう少し早く読んで、レッシグドーキンス先生を読むことの重要性を認識しておくべきだった。でも、「いい本」ってそういうものなんじゃないかな、とも思う。