海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

近視眼

自分の研究、というかおぼろげながら興味のあって、かつそれは私しかやらないだろう、と思うことがあるのでそこそこ精を出している。そしてそれは、自分が所属している組織の人たちのそれとは結構かけ離れている、ということを最近あらためて自覚している昨今。(すくなくとも表面は、の話)


そんなことは実はずっと前からわかっていたことなのだけれども、冷静な現実としてその仕事、ひいては私という存在そのものの意義をじりじりと突き詰められている。宇多田ヒカルが「どこにいたって私は私なんだから」と歌ったみたいに、自分にはそれしかできないとわかってしまったんだから恋に落ちたようなものでそれはもう、仕方がないのである。


けれど私の能力やアウトプットのクオリティはどうであれ、正しい評価や指導、応援をしてくださる方々がまわりにいるというのはほんとうに素晴らしいことなのだ。私は生かされていて、彼等に素直によいと言っていただけるようなものを出せるように努力していくべきだ。できる限りの力で真摯に、目と耳と手を使ってへばりついていけばそれなりに何かが成せるだろう。ひとびとの暮らしの底に流れる水のせせらぎに耳を澄ますような、ささやかな仕事をして生きていけたら、と22歳の春はそう思うのである。

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