海の響きを懐かしむ

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「となりのトトロ」におけるメディアについての一考察

「家庭における孤立性という問題」と「その解決策としてのオートメーション」について考えていたところ、ふと、「となりのトトロ」は私の考える世界観にある種ぴったり当てはまるんじゃないかと思った。笑い話程度のものだけど、アイデアを人に伝える際のいい例になるのではないかなと思った。以下、無謀な解釈というか、戯れ言です。



【「トトロ」に出てくる家族】
父、母、サツキ、メイの草壁家は4人家族であり、(おそらく)都会で平凡に暮らす幸せな一家である。しかし母親の病気によってその状況は変わる。母親は遠くの病院に入院し、残された3人は田舎へ引っ越す。


【孤立する家族をつなぐメディア】
二人の子ども、特に幼いメイは母親の不在に孤独を募らせる。お姉さんのサツキはしっかりそれをなだめつつ、でも心の奥に不安を抱えたまま日々を暮らす。また母親を含め、家族同士をつなぐメディアとして、「電話」や「電報」が存在する。これらはそれまで同じ空間に暮らしていた家族にとっては必要性が薄かったものと考えられる。家族が離ればなれになったからこそ、こうしたメディアは登場するのであるが、実際にそれだけでは子どもたちの「母に会いたい」という想いは埋まらない。


【トトロによるオートメーションの実現】
そこにトトロという存在が突如現れる。トトロは、サツキとメイに様々な不思議な体験をさせてくれるが、その中でも特筆すべきは猫バスの存在である。物語の後半、母親の不在に耐えられなくなったメイは「おかあさんに会いにいく」とトウモロコシを持って家を抜け出し、迷子になる。近所の人が必死になって捜索するも見当たらず、悲しむサツキの前に猫バスが突如現れる。猫バスは、迷子のメイを見つけ出し、かつ、母親のいる七国山病院のもとへ猛スピードで二人を連れて行った。



ここで、草壁家のなかで、猫バスによるオートメーションが実現されると言えないだろうか。オートメーションとはその名の通り自動化のことで、B.フラーの主張の一つ。「物理的な清算と管理を可能とする自動機構(具体的にはコンピュータ)によって、人間は生来の包括的な能力を取り戻すことができる」というもの。大げさな言い方をすれば、トトロと猫バスというメディアによって、娘たちと母親の間の距離(精神的にも、物理的にも)が自動的に排除され、そして一家のみなに幸せがもたらされる。


また、直接は関係ないけれど考えられうる「孤独」の原因として、お父さんの存在がある。糸井氏演じる草壁タツオは大学に勤める考古学者である。これは非常に偏った意見だけど、大学の先生というのは非常に忙しくて、週末もきちんと休みを取ることさえ難しいことが多い。全部の大学教員の家庭は崩壊しているとまでは全く思わないけれど・・・(現に、お父さんは娘たちの話に理解があり、とても仲が良い)ただお父さんを普通にサラリーマンじゃなく、学者にしたことにすこし深読みができるような気がしてしまう。


本編を見直しているわけではなく、記憶の限りで文章にしているので、いろいろ間違っているところはあるかもしれない。けど、「トトロ」とは家庭の中の孤立という問題→トトロという媒体による解決の物語と見ることは決して乱暴ではないと思う。もし、宮崎駿がこのことを完全に意図していたのだとしたらかなりすごいと思うんだけど、どうなのでしょう。


※ちなみに私は夢のない話はきらいなので、「本当はサツキとメイは死んでて、トトロは本当は怖い話〜」みたいな解釈は好きじゃないです。笑