海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

繋がりの社会性

浜野智史「アーキテクチャの生態系」で出てきた、繋がりの社会性のルーツをたどるべく、北田暁大「嗤う日本のナショナリズム」「<意味>への抗い」→橋本良明「対話のパラドックス」と遡っていった。北田氏の文章はどうにもなじまなかったため、ほんの数ページしか読めず(てか正直つまらん)。そのかわり対話のパラドックスを熟読。要旨としては、これまで考えてきたシャノン的な情報理論のみのコミュニケーションの理解の限界、といったところ。コード・デコードの過程を前提としたコミュニケーションモデルのみで説明できませんよね、という感じ。個人的な新しさはあまりなかった。あとは章末の読書案内にウィノグラードの「コンピュータと認知を科学する」があり、興味範囲的な繋がりを感じた。以下、最後の一段落。

結局我々はコミュニケーション内容をコミュニケートして対話を進行させているのではなく、コミュニケーション内容をコミュニケーションする事実をコミュニケートしているにすぎない。それで実際にコミュニケーション内容が伝達されるという事実は、けだしたかだか随伴的なものでしかない。


こっち系(日本的メディア論?系の人たち)を少し齧った感想。あんまり深追いしすぎない方がよい、というか、これ以上やったら趣味でしかないような気がする。もっと違う切り口で、家族とメディアについて思考する必要性を感じる。繋がりの社会性はひとまずこれで終えたいと思う。

交換と所有 (現代哲学の冒険 10)

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