海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

ゲレンデはいっつもMAN IN THE MOONがかかってた

はっきり言って私は世代論や、世代感覚を語ったものを見聞きするのが苦手だ。まして自分でそれを語るなんてとんでもないと思っている。思ってるんだけども、今日、自分にもし子どもが生まれたとして、そのときの社会構造をすこし想像して、ぞっとしたり、思案したりした。だから、少しだけ書いておく。


1、2歳年下の学年の人たちと最近お話する機会が多くてうれしい。大学に入ってからずっと、常に年上か数人の同級生としか会話しない日々だったので新鮮だ。気づかないうちに老害に毒されている事に気づくこともある。彼らと話していると、自分の、世界に対する感覚のようなものが、どんよりと鈍っているのがわかる。いや、この場合年齢は関係ないな。だいたい80s後半〜90s前半の人たちの肌感覚って基本すごく敏感で、えーそんなに毎日包丁研いでるの、って思うんだ。うまく言えないけど。


さらに今の高校生くらいのひとたちは、21世紀は基本的に下降をたどるもので、サスティナビリティとか、そういうことを重要性として当然に感じているらしい(ホントかどうかは人から聞いた事だから知らない)もしそうだとすると、私の感覚とはちょっとずれている。少なくとも人生の半分くらいは、おばあちゃんになったら宇宙旅行とかするんだろうなと思っていたし、人生にエコロジーが登場したのは小学校高学年位からのような気がする。


ところで、私の名前は、苗場スキー場から来ている。もろ80sユーミン的なウィンタースポーツの世界が、私の両親の馴れ初めの場所だった。昭和63年12月に授かった名前はとてもバブル的で、ありふれた名のように見えて、時代の流れと密接に結びついてたんじゃないか。そんなことに、最近気づいた。HALCALIがバブルの産湯でオギャーオギャーと歌ったみたいに、生まれて間もない頃の、世界の浮き足立った感じはいまでもぼんやりと覚えている。クリスマスに駅のホームで誰かを待つって、すごく素敵なことだと、みんなが思ってるって感じていた。事実、8mmビデオカメラの向こうの私は、苗場プリンスの一時間数千円のインストラクターに教えられながら、丸一日ちびっ子ゲレンデを一生懸命走っていたし。


そのあとも、小中高とぬるま湯のなかでふやかされて育ったので、世界はふにゃふにゃで如何様にも変化するところだった。95年はまだ理解ができなかったし、ノストラダムスも他人事で過ごした。ちょうど今から人生を半分巻き戻したあたりで、やっと、自分がなにもしなくても地球は回るし飛行機はビルに突っ込む事を知ったような気がする。


下降線をたどっているって言われればそれは理解できるし、実際そうだと思う。でももう少し時間が経って、釣り合いが取れないと、生まれた頃に浴びたある種楽天的な感覚からくるものって変わらないんじゃないかと思う。これはシニカルに見てるわけでもなんでもなくて、実際、そうなんだと思う。オチ無し失礼。