海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

余裕

「洗練された都会人の日常」について最近考えていて、過去の偉人の生活の様子を知るためにエッセイとか通俗小説読んだりしている。都会と田舎についてはまだ語る言葉を持たないので、詳しくは書かないけれども、考えるに都会人であることとお金持ちであることはあまり関係がないように思う。あまり、というのは貧乏すぎてもいけないということで、ギラギラでもボロボロでもだめで、その間をゆくのがよいのではないかということだ。

かつては高等遊民という生き方があったけど、いまも通用するかどうかは疑問だと思う。けれどもバブルっぽく、やたらとパーティーに行ったり、高い贈り物や食事をしたりすることだけでもないような気がする(Pizzicato Fiveっぽい世界)。金銭的余裕よりも精神的余裕が大切というか、要素の数は少なくてもひとつひとつが深い、みたいなイメージがある。

例えば、喫茶店(not cafe)でひとりで数時間を過ごす喜びを知っているとか、質の良い革靴を何年も手入れして履くとか、いつもは地下鉄移動でも稀にタクシーに乗ったとき最適な経路や裏道を知っているとか、お昼はいつもはチェーン店でも本当に大事な時は上品な食事をするとか、そういうことな気がする。(最後の場合、高いお店==上品なお店 というわけではないことが、最近わかってきた)

そういうことを考えながら当世書生気質を読んでいて、いちばん感動したのは「賞る心はいつしかに恋ふる心とうちとくる(Admiration melts into love.)」ってせりふだった。主人公がよくしていた少女への愛情に気づくところで出てくる言葉なのだけど、changesではなくmeltsを使っていたところに、坪内逍遥の都会人としての余裕、洗練を感じた。

当世書生気質 (岩波文庫)

当世書生気質 (岩波文庫)