海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

本郷

残暑ももう燃え尽きそうなある日、午後の太陽の光が差し込むその席でコーヒーとフレンチトーストを注文した。

生真面目そうな初老の男性がぴんとした背筋でもって動いていて、たぶんここは喫煙席なんだろう、上の階から子どもの声が聞こえる。

店の至る所に金魚がいて、通常の喫茶店にないような騒がしい雰囲気を出している。

白い壁を赤が泳ぎ、なんだか落ち着かない。

けれども静かな音楽のおかげで、浮遊する心と緊張感のおかしなせめぎあいが生まれている。

床を這う、チェロの音が。

 

ちりん、と扉が鳴って、上品なおじいさんが入ってきた。

うやうやしく静かに階段を下り、階段下の席に座る。

 

「お待ちしておりました、まだどなたもいらしてないんです」

そう言って店主らしき男性は背広を脱がせた。コップになみなみと水が注がれる。

 

「そうですかあ。じゃあ、白を冷やしておいてもらえますか。すぐ来ますから。」

大振りの氷が入れられたクーラーが運ばれ、じゃきっ、と威勢のいい音を立てて緑のボトルが中に差し込まれた。

何度も繰り返されているとすぐにわかる、自然な仕草だった。

 

しばらくして、同じようなおじいさんがふたりやってきた。

音楽を打ち破る大きい声。交わされる親しげな挨拶。

 

乾杯」

 

店主の奥さんだろうか、エプロンをした女性がやってきて、お久しぶりです、と告げた。


「いやあ、もう最近、足が辛くてね

うちから、新宿駅まではなんとかなるんだけども、

そんでも、丸ノ内線乗って、本郷三丁目で降りて、そこからもうだめだね。

痛くてかなわん」

 

こんな他愛もない話が延々と続いた。

昔話をすることもなく、世の中を憂うこともなく、

彼らは淡々と、老いた自分と半径数メートルの出来事について、

飲みながら話し続けていた。

そんな老人たちを、私は冷えたフレンチトーストをつつきながらぼんやりと見つめていた。

  

平日の昼間、喫茶店で、白ワインは注がれる。

すぽん、と威勢のいい音を立てて、きらきらに冷えきって。