海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

本という物質を貫く経験を その1

朝十時に三省堂前に集合した。東京は寒いけれども快晴。よくしていただいている先生に、ゼミの学生との神保町古書店めぐりの会に声をかけていただいたのだった。

早速メインである古書会館へ向かう。荷物を預け会場に入ると、横に10mくらいの空間に本棚が並び、ほとんど妙齢の男性でひしめきあっていた。みな無言で物色している。おじさんたちのバーゲンだから、と先生は笑う。

 

一周したあと、画集とまんがを2冊ずつと、ハードカバー本1冊を手に取ったのち、会場をうろついていると、先生が奥の本棚に案内した。厚さ2センチくらいのいかにも古い本をめくり、すらすらと読み上げる。それは約70年前の妊婦と思われる女性の日記だった。九月十六日 という日付や、 本郷 という地名がかろうじて読み取れる。

 

「高齢の方が亡くなったりしたとき、その人の蔵書がこうやって売りに出されたりするんだよ。ほらこの本も昔の郵便局の書類だよね。関東大震災が大正12年の9月に起こっているから、この日記なんかその記述があるんじゃないかな。貴重な資料だよ。」

 

数十分したのち会館を出て、靖国通りを歩きながら、今度は皆で古書店をめぐった。ほとんどの店に行ったことはあったけれど、先生の解説を通して歩くと新鮮な気持ちが感じられた。先生が生まれて初めて古本を買ったのは三茶書房で青春の片鱗に触れ、一誠堂書店からはじまる古書街の歴史を知った。岩波ブックセンターの2階に初めて入り、小宮山書店のガレージセールで再び無言物色タイムになった。

 

これ読んだことある?と先生が取り出したのは「文学部唯野教授」で、それまだ読んでないんです、といったら快くゆずって下さった。先生は筒井康隆が大好きだということや、YMOだとユキヒロさんが好きという話からすこし意外な印象を受けた。

 

それから折り返して明治大学に入り、21階の学食で昼食をとった。買った本を報告し合ったが、皆、研究に関する本から趣味の本まで見事にバラバラでおかしかった。先生は待ち合わせがあるようで、他の学生の人たちはニコライ堂に行くらしいとのことだった。それから偶然、知り合いの先輩にばったり会って、少し話したりしたのち、お礼を言って解散した。

 

 

まっすぐ帰ってもよいし、そうすべきだとも思ったが、珍しく散歩がしたい気分だったので歩くことにした。

 

歩きながら、突然大きな幸福感に包まれた。映画に例えると、「アメリ」の前半のワンシーンみたいな感じだ。主人公のアメリが、自室の床下から出てきた少年の古い小箱を、もとの持ち主にこっそり返したあと、得体の知れない充足感に笑顔する場面。まっすぐに悠々と、幸福な気持ちでモンマルトルを歩く彼女をちょっとだけ意識しながら、日の当たる大通りを歩いた。

 

道の底には冷たい風が敷かれていたが、世界はとても静かで日光に満ちていた。

強烈な春の予感がした。

 

靖国通りを東に歩き、本郷通りとの交差点を右に曲がるとき、いい匂いのたいやき屋があった。買い食いしようかと思ったが食後なのを思い出して断念。たいやき好きの友だちに今度教えてあげようと思った。

 

(つづく)