海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

truth、fact、reality

上野千鶴子の著書に、以下のようなことが書いてあるそうだ。

歴史の「真実 truth」や「事実 fact」が実在するのではなく、ただ特定の視角からの問題化による再構成された「現実 reality」があるだけである。

上野千鶴子著『構築主義とは何か』勁草書房

 

私はネットに上がっている抄訳や本のレビューを数件読んだだけで、この本をまだ手にとってすらいない。だけれども、この言葉は歴史認識以外にも広く使える表現だと思った。

 

すなわち、組織や人間関係全般において、<私>という人間が、何を思い、感じるかは、まぎれもないtruthだ。しかし、それとは別に、<他者>からの視線、どのように見られ、取り扱われるかはまた別の問題であり、factなのだ。そうした人間同士のtruthとfactのせめぎあいのなかに、特定の視角ーたとえば、「恋愛」や「友情」といった関係性ーを投げ込むと、そこにはrealityが浮かび上がってくる。これは動かしがたいものであり、いかに自分の中のtruthを重要視しようとも、それがそのまま結晶化してrealityになるわけではない。(でも、働きかけることはできる)

 

先日観た「(500)日のサマー」も「ビフォア・サンセット」も、お友だちがおすすめしていた「ぼくの美しい人だから」も、この3つのうちどこに重きを置くか、その立体的なうつろいの様子をよく収めていると思う。特に「ぼくの~」を読んでいる途中にこの事に気づいてから、自分自身が人間関係を2次元的に捉えがちであることを思い出して、恥ずかしくなった。

 

また、この本の主人公が広告会社に身を置いていることも興味深かった。広告というのは、言ってしまえば虚構・ファンタジーを用いて、人々の消費活動を刺激することで、自らも金を稼ぐという仕事だ。最終的にあるのはrealityだけだけれども、その裏には幾層にもtruthとfactが重なりあっている。

 

良い本を読みました。