海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

こうばしい日々

こうばしい日々 (新潮文庫)

昨日、中高時代のアルバムを久々に開いた。

10代にはあまりいい思い出がない。懐古できるほど歳と経験を重ねているとも思えないのだけれども、自由に物事を選択できていると感じる、今の状態のほうが好きだ。別段暗い出来事があったわけではないが....。あのころは世界を知らないながらも、終わりなき日常が早く終わるように願っていた。その居心地の悪さを体現するように、写真に映っている自分の笑顔はぎこちない。おんなとして「見られる」ことに少しだけ早く目覚めた同級生たちに比べて見劣りしているし、はっきり言って嫌悪さえしていた。私はかわいくなかったのだった。

 

けれど久しぶりに眺めた自分の姿に、奇妙な安堵を感じてしまった。理由はよくわからない。現在と過去は、途切れずに1本の数直線上に存在している。それはそうなんだけど、なんだか今は、裾を踏まれている気がしないのだ。

 

中学生の頃、江國香織の小説をよく読んでいた。『ハリーポッター』への熱狂が一段落して、文庫本という物体への憧れが高まっていたときだったと思う。彼女の文章は、すうっと読めて、それでいて急所があるから好きだ。レモンを搾るときみたいに、きゅっとなったあと、いいにおいや光が残っているような気がする。

「こうばしい日々」を読みながら、その記憶と違わぬ文体の隙間に、"あの頃"の断片を見た。区立図書館の二階の、固い椅子での「きらきらひかる」。今みたいな夏日、隣駅のドトールでの「ぼくの小鳥ちゃん」。夏期講習の帰りの電車での「すいかの匂い」。

 

「ええ。図書館にすわっているのが好きなの。本の息づかいをきいているだけでいいのよ。わたしの趣味なの」

『こうばしい日々』 江國香織 新潮文庫 P.47