海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

読書(9月まんなか)

夜と霧の隅で (新潮文庫)

女というものは、と私は言った。ベッドの上で楽しむもので、想いだすものじゃない。

そんなこというのはおよし、坊や、と彼は私より三十歳も年上のような顔をして言った。俺は、女というものは想いだすものだと思っている。だからちゃんと女房は持った。お前もそろそろ身をかためろよ。

『霊媒のいる町』 北杜夫

 

ヴォイセズ/ヴァニーユ (講談社文庫)

レーダーアウトは非常事態であり起きてはならないことだ、と頭ではよくわかる。でもそのとき私は、興奮した。それは性的興奮に近いものだった。私たちの仕事ではどんなことでも起きてしまったらそれは100パーセントだ、受け入れるか入れないかしかなくて、受け入れないことは事実上不可能。航空機には放っておけば落ちるというしごく簡単な未来しかない。辛い状況から逃げるという選択がなくそれに正面から立ち向かうとき、何かが出る。

『ヴォイセズ』 赤坂真理

 

蜘蛛の糸・杜子春 (新潮文庫)

窓から半身を乗り出してゐた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして、勢よく左右に振つたと思ふと、忽ち心を躍らすばかり暖な日の色に染まつてゐる蜜柑みかんが凡そ五つ六つ、汽車を見送つた子供たちの上へばらばらと空から降つて来た。私は思はず息を呑んだ。さうして刹那に一切を了解した。

『蜜柑』 芥川龍之介

 

思い出トランプ (新潮文庫)

律子には可哀そうだが、よかったと思った。これでいいんだ、そのほうが本当だ。父親の仇を、婿が討ってくれたような気もした。

『はめ殺し窓』 向田邦子