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ダンディズムの系譜―男が憧れた男たち (新潮選書)

ダンディズムの系譜―男が憧れた男たち (新潮選書)

ダンディズムという概念については、いつか掘り下げて勉強したいと思っていた。イギリス文化の研究者であったという著者は、服飾を通して英国文化を理解しようと努めた結果、ボー・ブランメルにはじまるダンディズムに行きついたという。それは時代や地域によっていかようにも変化する可塑性を持ちながら、「普通」に対して静かに反抗するパンクめいた側面も持つ。そんな多面性が、明るく軽い文章によって解きほぐされていくさまは痛快だった。

 

それにしてもダンディズム、複雑怪奇な精神論である。一言で言い尽くすことはできず、凡人には理解されることを望まない価値観、とでも言えるだろうか。(自分だって多分10%もわかってない)ひたすらクラクラするなあ。

 

あとがきにこんなことが書いてあった。

 

東京大学教授の黒田玲子さんは、「教養」に関する素晴らしい定義を披露された。

「教養とは、自分の立ち位置を知ること」

(中略)自分が歴史的に、地理的に、どのような立ち位置にいるのかを把握すること、それが教養である、と。(『ダンディズムの系譜』P.242)

 

この定義に則れば、「教養」がありながら、自分なりの美学や信念をもち、「普通」に対して一歩引いた目線に立つ人、そういうひとをインテリと呼ぶのだと思う。それは学歴や肩書きと必ずしも相関しない。そしてインテリである自分を理解した上で、優雅に、演技的に、「普通」に対して反旗を翻すのが、ダンディズムと理解した。

ここは難しくて自分でも整理できていないのだが、ダンディズムは『いき/粋』とは違う。(九鬼周造によれば)『いき』の根底には諦念とエロがあり、それは仏教に端を発する。対して本書によると、ダンディズムは時折ホモソーシャルな意味合いを含む。

 

さて女がダンディになるにはどうすればいいのか。ココ・シャネルはそういう存在だったというが、それ以上は本書の域を越えている。筆者も述べているように、女からすると永遠に当事者性がないからこそ、ダンディズムに惹かれるのだと思う。

 

参考

『ボーヴォワールは語る -『第二の性』その後』(A・シュヴァルツァー/平凡社ライブラリー)からの引用。 - 京の河童 ブログ