海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

『生きるとは、自分の物語をつくること』

恐怖や悲しみを受け入れるために、物語が必要になってくる。死に続く生、無の中の有を思い描くこと、つまり物語ることによってようやく、死の存在と折り合いがつけられる。物語を持つことによって初めて人間は、身体と精神、外界と内界、意識と無意識を結びつけ、自分を一つに統合できる。

(中略)先生の言う物語とは、事実を否定する絵空事ではなく、『いのち』や『たましい』を手触りあるものとして刻み付けるための物語です。(『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮文庫 P.126)

 

物語の力を信じる。ここにおいての物語とは、上記の通りである。個人の体験や記憶を貫く"言葉"が、文字通り紡がれ、ひとつらなりに血肉化されたもの。自分自身に関わっていてもいなくても、本当の物語に出会ったとき、人はエンパワーメントされる。物語があるからこそ、人は現実世界で強くなれる。だから人は太古から神話を語り、おとぎ話を伝承し、英雄の人生を語り、フィクションを求めてきた。のだと思う。

 

夏に『東京プリズン』や北杜夫を読んだ時も考えたこの『物語』について、最近またずっと考えている。小川洋子河合隼雄の対談本は、どのページにも本質しかないように感じられて、一字一句丁寧に追っていった。そのため薄い本なのに読み終わるのにずいぶん時間がかかった。また折に触れて読み返したい、大事な一冊になった。

『女の子を殺さないために』も、夏休み前に読みはじめ、相当時間が経ってしまった。ライトな文芸評論本と思っていたが所々読みづらく、難儀した(これは作者によるものと私自身によるものと両方だと思うのだが)。川端康成庄司薫村上春樹の系譜を押さえた上で、"物語の中で女の子がセックスし、やがて死ぬ"という現象の意味・からくりが展開される。少々こじつけじゃないかな?と感じるところがありつつも、最後はえいやっと楽しく読み切った。

なんとなくタイトルを覚えていてたまたま買った『赤朽葉家の伝説』も、大変楽しく読んだ。日本の戦後以降という大きな物語を、登場人物の生涯に重ねながら描かれていて最後には感動したし、読み進むにつれてストーリーのテイストが変わっていくのは思わず「うまい!」とうなった。こういう大きなスケールの話を最近全然読んでなかったな、と思う。

物語の力を信じる。わたしの生活すべてに、これは関わっている。

 

生きるとは、自分の物語をつくること (新潮文庫)

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女の子を殺さないために 解読「濃縮還元100パーセントの恋愛小説」

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赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)

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