海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

妊娠カレンダー

妊娠カレンダー (文春文庫)







ファッションとして小説を捉えていた当時の自分にとって、綿矢りさを衝撃と感じたのは、書き出しのほんの数行で「みんなが」「当たり前」「だと思っているはず」の苛立ちを見事に示していたからだった。誰でも微かに思っているに違いない、けれども誰も言わないことを引き受ける(ある意味嫌われ役)のが小説を始めフィクションの役割として正しいのであれば、この本が91年に発表されたというのは少し驚く。「まともな」意識を保つことは意外と難しいのかもしれない。

買い物かごを掲げた人たちが、何人も何人もわたしたちの周りを歩いていた。みんな水の中を漂うようにゆらゆらと、食べ物を探し歩いていた。

ここにある物が全部、人間の食べる物だと思うと、恐ろしかった。食べ物を捜すためだけに、これだけの人数の人たちが集まっていることが、不気味に思えた。

小川洋子「妊娠カレンダー」/文春文庫 P.47