海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

ミッション系女子校へのある種の羨望と、非ミッション系女子校で過ごして感じていたこと

私の妹や母はミッション系(キリスト教系)の女子校出身で、昔からその話を聞いていて、非ミッション系女子校に通っていた立場からすると、やっぱり、いいな〜と思うことが多い(ちなみに母・自分・妹、すべて違う学校)。仮に娘ができたら、やっぱりミッション系の学校に通わせたいなと思ったりする。まあミッション系云々以前に、自分自身、10代を過ごしたあの場所そのものにいい思い出がそんなにないので、隣の芝が青く見えるだけかもしれないけれど。

いわゆる女子校っぽさ、という話題については、極めて身近かつ(せまいフィールドで)当たり前なことが多すぎて、逆に共感しにくい部分が多いのだけれど。ミッション系女子校は、私にとってほぼ完璧に客体なだけに、興味深く思える。

(ちなみに、数名の友人・知人の話を聞いた上での雑感なので、明確な根拠がある話ではないです。そしてミッション・非ミッション含めて、サンプル数が極めて少ないことをご承知おきください。)


まず、自分と異質なモノ(ヒト)に対して寛容な人が多い気がする。

これは、表向きには、きっと外人の先生が居らっしゃったり、生徒が留学に行ったり受け入れたり、という、学校の中での新陳代謝が比較的高いからかな、という気がする。校内で系が閉じずに開いているというか。宗教的なネットワークが強くて、他校や他国との交流がそれなりにあるイメージがある。
実際、学年が自分よりも上だった先輩が、留学に行って帰ってきていま同じクラス、なんて話を聞いたことがある。そういう子は、他の子よりもやっぱり見識が広くて勉強も良くできたりするので、周りの人間は刺激を受けるらしい。何かと閉じがちな女子コミュニティにおいて、世界の多様性、を許容出来るような土壌が有ることは、純粋に憧れる。

あと、校則が比較的ゆるいということも大きい気がする。制服や持ち物の一部において自由度が高かったり、アルバイト含め、学校以外の個人のライフスタイルに対して寛容だったりとか。そういうことができていいなー、という直接的な意味よりも、学校という「システム」をある意味相対化して、それに対してアクションを起こす、という機会を(知らず知らずのうちに)10代のうちから持たされるのは、すごくいいことだと思う。私はこれを知らないまま、大学生になってしまって、周囲とのレベルの差に驚いた記憶がある。

(ミッション系の学校で、規則がガチガチな学校があったらすみません、でも私のまわりからは、あまりそういう話を聞いたことがない)


それから、キリスト教(≒西欧ルール≒現時点での世界のメインルール)を知っていることの強さ

これはでかい。本当に、でかい。ある意味、先の話題もこれに包含されるのだけれど。大学以降、近代以降の世界は西欧ルールで動いているということを肌で感じることが、ぐっと多くなった。そういうとき、10代に日常的に聖書を読んでいたひとびとには追いつけない、と思う時がある。

というかキリスト教云々以前に、一神教、という、ある局面でのスタンダードかつほとんどの日本人に馴染みが薄い概念に対して、一定時間強制的に考えさせられる機会がある、というのは、すごくいいなって思う。それを本当に信仰するかどうかとは全く別に、彼ら(≒西欧人)が作ったことばを読み、書き、歌わせられる、というのは、端から見ていてすごい財産だなと感じる。当の方々は、楽しい部分のほうが少ないかもしれないのだけれど(「宗教」の時間は辛い、しんどい、と彼女たちはよく言う)。


逆に、非ミッション系出身でよかったことを挙げるとすれば、近代日本の歴史、特に女性にまつわる知識を少しだけ得られたことくらいだ。

私のいた学校はそれなりに歴史が深い学校だったので、その成り立ちや変遷を教えられる過程で、日本の近代史の、ちょっと色っぽい部分に触れられたのはよかった。むかしの華族令嬢の話とか、制服関連で、20世紀の服飾のこととか。

いわゆる「お嬢様」的なこと(お茶やお琴、刺繍、テーブルマナーなど)もやらされたけど、今の自分に身になってるものなんて正直ひとつもない。当時も今も「どうせ(みんな)庶民のくせに、何やってんだろう....」ていう意識のほうが強い。ただ、まあ、20年くらいしたら、ああいうのを一度経験しといてよかったな〜、なんて思ったりするのかもしれないけど。でも逆にスノッブじゃね?ていう負の意識は強烈にあった。

私自身は女子校出身でよかったことも嫌だったことも両方感じているので、わりとフラットに考えられていると思うのだけど、それでもあの特有の閉塞感、どこを向いても「同じような」人種しか見えない気持ち悪さは、やはり狂気じみていたなと思う。それが、女子校だからなのか、非ミッション系だからなのか、それとも別の要因なのかは、厳密にはわからないのだけれど。

※追記
しかし、こういうある種のルサンチマンを平然とネットに書ける程度には、あの頃から時間が経ったということなんだろう。


旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)

旧約聖書 ヨブ記 (岩波文庫 青 801-4)