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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

ラーメンが 食べたいかすら わからない

こういうことを、書いていいのかどうか迷ったのだけれど(わたしが思っている以上にこれは多くの人に読まれているみたいだから)、これはまごうことなき私の言葉を書く場所なのだし、誰かを傷つけるつもりがあるわけでもなく、書くことで楽になれる気がするから、書く。これは未来の自分のための書き物の場だ。


正直、出し終わってからのほうが辛い。もっとポジティブになれると思っていた。この辛さは、初めてのものじゃなくて、2年前の今頃も出し終わった時も感じていたような気がする。具体的に言っちゃうと、常に胸が痛くて、能動的に食べたいものとか、飲みたいものとか、したいこととかが浮かばなくて、漫然と物事を進めている。つまりは落差なのだと思う(楽さ?誤変換は時々本質的だ)

この類の痛みに、どうやって対処すべきか、どう振る舞うべきか、誰に対し何を発言するべきなのか、経験則からだいたいわかっている。前は、毎日酒を飲むことでやりすごしていた。問題なのは、どうしてこうなってしまったか、だ。意地かもしれないがこれを後悔と呼びたくない。目指すべき目標なんて最初からなかったのだし、自分の能力の限界を知れたことだけでも十分満足している。何が不満なのか。読みたい本も買いたい服も山のようにある。しなければならないことももちろん、ある。でもそれに対してほとんど前向きになれない。春から働くことに対しても同様で、本来はいろいろと準備をしなければならないはずが、何も具体的な手立てが浮かばない。


環境について考える。わたしは今の場所しか知らない、それが全ての原因なのかもしれない。だって、小学生が入学して卒業する年数と全く同じ数なのだから。自分が想像している以上に、他の場所へ行くことが怖いのかもしれない。かといって今の環境が最高だとは思えない、(悲しいかな、もしわたしがもっとが若いときにこの状況に置かれたら、途中でドロップしていた自信がはっきりとある)

自分が何を望んでいるのかわからない。何にもなかった、時間だけが過ぎて、からっぽだったとわかってしまうのが、こわいんだと思う。せめてラーメン食べたいと、言えたらいいんだけど。