海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

ある雪の日の話

今週のお題「ナイショにしていたこと」


10年ぶりだという。片栗粉のように湿り気のないその雪は、淡々と、しかし轟々と吹雪きながらやってきた。丸一日をかけて、ゆっくりと着実に東京に着地した雪は、夕方ころには30センチはとうに越えるほど積もっていた。


塾が休みになった僕は、子どもらしく雪遊びをしたり、父とWiiをしたりして過ごした。僕が、というより家族みんなが、久しぶりに何もない(できない)週末を過ごしていた。ただ唯一、大学生の兄だけがファストフードのアルバイトに出かけたが、早退になったと言って10時過ぎに帰宅してきた。




「ねえ兄ちゃん、iPhone貸してよ」

「嫌だよ。なんで?」

「カメラで雪だるま撮りたい」

「雪だるまって」

「さっき作ったんだ。角の交差点にあったデカイやつ、兄ちゃんも帰り見たろ」

「そんなんなかったよ」

「ええ?」

「角ってそこのだろ?俺が帰ってきた時はそんなのはなかったな。

 きっと車が通って崩れたんだろ」

「えー。おかしいなあ、すげえがんばって頑丈なの作ったのに」


すると、今まで黙々とWiiFitでヨガをやっていた父が突然割り込んできた。


「心配しなくてもいい。きっと宴会に行っているんだよ」

「は?」

「今日は、東京じゅうの雪だるまが集まって10年に一度の宴会をする日なんだ」

「何言ってんの」

「うそじゃないよ。雪だるまたちは久しぶりの仲間と再開して、思い出話に花を咲かすのさ」

そう言うと父は、バランスWiiボードの上で妙ちきりんなポーズを取っていたが、すぐに体勢を崩し、おっとっと、とよろけた。


「ダイスケ〜、もう10時過ぎてるわよぉ〜。早く寝なさい。明日は塾でしょぉ」


そう言われて僕はしかたなく眠りについた。ベッドに入った後、いつもの静かな夜と同じように無音なはずなのに、耳を澄ますと「しんしん」という音が聞こえてくるような不思議な心地がした。そして異様に胸がざわついた。嫌な感じのざわつきではなく、不安定なやじろべえをみるような愉快さだった。10年後、僕ははたちになっている。その時は、雪だるまたちみたいにお酒を飲んだり、しているのだろうか。



翌朝目を覚ますと、窓の向こうには雲ひとつない空がひろがっていた。昨日の豪雪がまるでうそのような天気で、地上の白さに対して太陽はあっけらかんとばかりにさんさんと降り注いでいた。僕は急いでパジャマのまま表に出て、家の前の坂を下り角の道に出た。例の雪だるまは、頭がほとんど溶けてなくなっていた。だけどなんだか、雪だるまの位置が作った時よりも30センチほど南の方に寄っている気がしたのだが、手元が暗い吹雪の中で作ったのでそういう風にズレて感じるのかもしれないと思った。眼や口の部分に配した石は地面にずり落ちていたが、下の身体の部分に刺した樹の枝だけは残っていた。その先端をよく見ると、小さな薄紅色の花のつぼみが1つだけついていて、まるでふるえるように、ほんの少しだけ開きかかっているのがわかった。


春がやってきたのだ。