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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

夏かしむ

今週のお題「海か? 山か?」

帰ってから、お腹がすいてもいいようにと思ったのだ。 (文春文庫) 推定少女 (角川文庫) あたしはビー玉 (幻冬舎文庫)


遠くに行く。初めての土地、別に気分ががらっと変わるというわけでもないが、山を走り、海を眺めた。

わたしの夏がはじまって終わった。春と秋と冬が、一方向の矢印が引かれた一過性のものだとしたら、夏は輪廻だ。何度も巡り、上昇する。やがて、スパイラルを描きながらだんだんよろよろして、腐りかけた草の上に降下するころには秋になっているのだ。


久しぶりにゆっくり本を読む時間も作れた。

複雑なことを、こねくりまわして考えられる時間があったから、やはり大学院の日々は間違ってなかった。今はそういう、言葉という雨になる前の、霧みたいな気持ちを、きちんと汲み取ってあげられない。自分の気持ちなのに、それがはがゆい。そういうことをするためには、ワインの熟成期間みたいに、ある程度時間が必要だ。だけど、わたしに普段求められるのは、単純で0.5秒でコミュニケートするための、死んだ言葉たちだから、それを運用する人間も、生きた心地がしないような、気分になってくる。


人間は過去に生きている生物だ。だから、ゆったりとした時間があると、過去の出来事の断片が思い返されて、それもよかった。


なつかしい、という感情を、大切にしたいと思う。人によって、好き、とか、きれい、とか、おいしい、とか、気持ちいい、とか、大事にしている形容詞って違うと思うのだけれど。わたしはなつかしさを選ぶ。この気持ちに出会うために、未来を生きる。


そういうことを、高山なおみさんの本を読みながら、「思い出し」た。巻末に載っているレシピ、どれもおいしそうだ。「娘のフェイバリット・ラッシー」と、「ホット・シリアル・ヨーグルト」は今度作ってみようと思う。桜庭さん、ナオコーラさんの物語もよかった。『わたしはビー玉』の下敷きになっているのは、室生犀星の『蜜のあはれ』かな。


兎にも角にも、夏を生きる。


『Children in the Summer』矢野顕子+Gil Goldstein 1/5 - YouTube