海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

『どうして書くの?』

どうして書くの?―穂村弘対談集

どうして書くの?―穂村弘対談集


かわいい本だった。かわいい、というのはハード的な側面とソフト的な側面の両方がある。


まず本の見た目が地味だけどかわいい。「なぜ書くのか」じゃなくて「どうして書くの?」というタイトル、その横に頼りなさ気なパンダの表紙。
内容は、単純に穂村さんの対談集だけれど、話し相手によって行間やフォントが異なっている。上下の余白の取り方も。書き手と読み手への敬意を感じる装丁で、とてもかわいらしい。


山崎ナオコーラさんと一青窈さんとの話が特におもしろかった。世界と自分のズレ、違和感について話している。情報の伝達をするときの、定型的な言葉の存在を「水を入れる器」にたとえていて、コップを使うのが当たり前になっているけど、本当はスポンジに含ませたり、口移しだとか、いろいろやりかたがあるはずだよね、という。

この間の日記に、今は社会的に孤独だ、と書いたけれど、それっていうのはコップを強制的に持たされている状況で、水の入れ方がわからないの近いと思った。あるいはこぼしてしまって、上手に運べなかったり。

高橋 試合の相手は全現実とか近代国家そのものかもしれないわけですね。
穂村 この試合には、生き延びるということと、生命を燃焼させるという二重構造があって、結局、生き延びる側を有線させる形で抑えてしまったがために、非業の死のない世界になってしまった。でも文学は生き延びる側には拠ってないから、命の拠りどころがすごく脆弱化してしまった。
高橋 それは命の使いどころがないということですね。
高橋源一郎×穂村弘 『言語の敗戦処理とは』P.257)


こういう考え方、すごくわかる。同時に嫌いだな、とも。