海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

インターネット

江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫) 製鉄天使 (創元推理文庫) アカマイ 知られざるインターネットの巨人 (角川EPUB選書)

生来ホラーや推理モノが苦手なのでびびってたけど、実際飛び込んでみたら江戸川乱歩、文体も読みやすいしエンターテイメントの乱反射だった。特に『人間椅子』、こわおもしろすぎる。謎解きとか、ぞっとするスリルの裏側に、ひとの真面目さ故の滑稽さがある。妖怪不祥事案件ならぬ人間不祥事案件て感じ。

  • 製鉄天使

赤朽葉家の伝説』のスピンオフで、登場人物の名前にちょっとだけ細工がしてある以外は、『赤朽葉〜』の世界そのままになっている。バイクを飛ばす主人公のように一日で一気読み。

  • 『アカマイ 知られざるインターネットの巨人』

インターネットを解説した書籍は数多あるけれど、企業という切り口からインターネットの本質に迫ろうとしていて、新鮮でエキサイティングだった。インターネットって、真ん中が空っぽで象徴となるものがないから、そのままを語ろうとすると「レイヤが7つあって、パケットはバケツリレー方式で...」というようにどこか掴み所のない説明になってしまうのかもしれない。どうでもいいけどバケツとか高校以来使った記憶がない。

インターネットの存在を、感覚としてではなく、身体に直結した「体験」として強烈に感じたのが、はじめてiPhone3GSを購入した時と、宇多田ヒカルのライブをUstream視聴した時だった。観たい、繋がりたいという欲望と、お金の流れと、目に見えない情報の流れが、全部一本の線に連なっているように思えたのがこのふたつの出来事だった。

何を思ったかというと、ある技術を解説したい、あるいは理解したいという時には、やっぱり物語が必要なんだと思う。物語というのは、世の中の出来事や問題だったりパーソナルな思い出だったり様々で、それは書き手が用意してくれていることもあるけれど、最後は読み手が自分の頭で作っていかなければならない。物語、もっと言えば「思い出す」という作業。

学部生の時、コンテンツ*1の中身ではなく、通信インフラの仕組みそのものだけには、興味が持てなくて苦しかった。何かと何かが「繋がる」こと、それ自体に驚きと感嘆以上の探究心がどうしてもわかなかった。技術は好きでもインフラ屋に決定的に向いていなかったのがそこで、どうしても人間と、人間が認知できるコンテンツの意味と、それを運ぶ仕組みを結び付けて考えたかった*2。だからあのライブの時、全身の毛が逆立つような興奮に何度も襲われたんだと思う。私とヒカルちゃんは確かに同じ時代に生きていて、インターネットのおかげで「なにか」を共有していた。そのなにかに近づきたいと強烈に思ったし、今もその火は消えてない。



宇多田ヒカル - Goodbye Happiness (Live Ver.) - YouTube

*1:とある先生に教わったように、本当はコンテンツって言葉は使いたくない

*2:今なら、コンテンツの中身にかかわらずネットワークを整備して、問題を解決する、インフラエンジニアの姿勢や考え方が少しわかるような気がするけれど、こういう姿勢が根底にある以上インフラ屋さんとしては失格だと思う