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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

ゆらゆら帝国で考え中(エンタメ週間その3)


シアターΧ(カイ)|『天才的な時代』『パフューム』|東京両国の演劇芸術を中心とした劇場


勅使河原三郎というダンサーの方の公演を観に行った。
ちなみに最初、てしがわら、の読み方がわからず「ちょくしがわら」と素で読んでしまって、はずかしかった。

場所は両国で、駅からすぐの市民会館みたいな建物の中にある劇場。中は100席ほどで、場所が場所なのか、年配の方が多かった。席に座ると、観客席にだけ照明が当たって眩しい。舞台上は暗やみがぽっかりと口を空けていて、何も見えない。1時間弱の公演だったけど、いい意味でもっと長く感じた。


ダンス作品を観ると、ああ自分は「きちんとした」アートに触れているな、という充足感がある。ゆらゆらゆれる人間の身体を前にしていると、まとまった思索する時間を与えられていること、の豊かさに気付かされる。とみに最近はわかりやすいエンターテイメントを意識的に摂取していたので、たまにはこういうのもいいなあと思う。


短歌ください (角川文庫)

短歌ください (角川文庫)


なぜか、最近読んだ本のことを思い出していた。

普通に生活しているとまず見過ごされる、ものすごく些細な出来事を可視化するのに、短歌というフォーマットは適していそうだ。虫めがねのようなものだと思う。

ダンスはどうだろう?ダンスは、抽象的であるが故に、受け手の想像力の飛距離も伸びるメディアだとおもう。その動きから、何を選ぶかは受け手に任せられていて、自由度が高い。その自由さにうまく乗れると、狭い部屋から一気に大気圏外まで行けるような気がする。


公演の内容に話を戻す。

ブルーノ・シュルツというポーランドの短編小説を下敷きにしたモノローグが流れる中、黒い服を着た2,3名のダンサーが踊っていた。音は、ノイズ・ミュージックとクラシックが場面に合わせて交互に流れた。この小説家については全く知らなかったけれど、ことばの選び方から、なんとなくソヴィエトの雰囲気がしていたのがわかった。

終演後、何度も何度も、出たり引っ込んだりしてお辞儀をしていたのも、「きちんとしている」感じがした。


エンタメ週間はまだまだつづく!!!