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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

働くということ

映画 日記 読書

夢と狂気の王国』を観て以来、ジブリ・アニメ関連の映像や書籍を少しずつ集めている。
映画を構想し、作り、人々に届けるというその過程を知ることは、
どうやら自分にとってものすごく心地よいことみたいだ。


たくさんの人たちが、それぞれの役割や立場のもとに考え、動いている様子をただただ見ているだけで
サラリーマンとしての自分が「癒やされている」ように感じる。
インタビューを通して宮崎駿さんや鈴木敏夫さんをはじめ、
まわりのスタッフや宣伝マンの仕事に対する考え方を聞いていると
なんだか元気が出てきて、明日に少し希望が持てるような気がしてくる。
変な表現だけど、開発手法とかプロジェクトマネジメントとか、
自己啓発系の記事や本を読んだときの感覚に近いんだと思う。
だからダラダラ見続けるのは良くないような気もするのだけど。


ただのお仕事紹介と大きく異なるのが、
絵を書いたり、声を吹き込んだり、いっぱいお金を稼げるように工夫したり
そのすべてが「良い作品を作る」という目的に向かって注がれているところだと思う。
大運河に向かって流れる、無数の水の流れのひとつひとつが地を潤していく様子というか。
そういう真摯で、誠実な労働というものに、ただただ憧れる。


「もののけ姫」はこうして生まれた。 [DVD]

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風の帰る場所―ナウシカから千尋までの軌跡

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SWITCH Vol.33 No.7 細田守 冒険するアニメーション

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もののけ姫はこうして生まれた』は、120分のDVD×3枚=約6時間の映像作品で
途中、作画監督の安藤雅司さんという方のインタビューが入っている。
当時28歳だそうで、制作後のとてもつかれたお顔で、静かに語る姿が印象的だった。


その中で出てきた「(作画における)観念的な線」という言葉にずっと引っかかっている。
観念的な線とは、わかりやすい、記号化された情報しか伝えない線のことを指しており、
それ捨て去った時に宮崎駿のリアリズムが生まれるというような文脈で語られているのだけれど。
この文脈とは別のところ、「観念的な線」という言葉の選び方から
アニメーターという仕事の深淵さが感じ取れるような気がする。


いったい、線が観念的って、どういうことなんだろう?
わかるようで、わからない。