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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

1206

読書 映画

低調な一週間だった。
体力的にもメンタル的にもだるかった。
自分が調理したご飯でお腹こわしたりして、情けない感じ。


『頼れない国でどう生きようか』をパラパラ読みなおす。
3年前に読んだ新書だけど、今読んでもやっぱりおもしろい。
特に加藤嘉一さんが説明する、現代中国の常識について。
例えば、中国と日本では「公共」の考え方が違っていて、
中国では図書館の本は「公共物」だから「自由に書き込みしてよい」のだ、とか。


全体を通して、2012年と今、おおざっぱな時代の空気感は変わっていないように思えたけど、
生活の節々で切迫感が前より増してきているように感じる。


ちょっと前だけど『FOUJITA』を観た。
しっかりした日本映画をひさしぶりに観たなあ、という充足感がある。
映像がとてもきれい。
NHKでやっていたオダギリジョーのインタビューも良かった。
オダギリジョー、「SWITCHインタビュー」で世界的シューズデザイナーと共鳴 - 映画ナタリー


土曜日、朝に『断片的なものの社会学』を読む。
この本は、タイトルを目にしてからずっと読みたいなあと思っていて
著者の岸政彦さんと、雨宮まみさんとの対談も良かったので、気になっていた。
人とつながるということ 雨宮まみ×岸政彦|今月の特集1|みんなのミシマガジン


とりとめもなく、どこかのだれかの話が続く。
社会の「本筋」のようなものがあるとしたら、そこから抜け落ちてなお、
ひっそりと存在しているような人々の記憶たち。
まるで街中でだれかの落し物を見てしまったような感じ。


ついさっきまで誰かの一部だったものが、今は欠落そのものであるということ。
それが目の前にありありと存在するということの、不思議さ。
全てひっくるめて目撃してしまったことへの、ささやかな事件性。


「時間を感じるというのは、その時間、身体の感覚に耐え続けるということなんだ」
「日雇い労働のしごとの本質は、厳しい環境のもとで”痛い”という感覚を売ることなのだと思った」
というようなことが書いてあって、それが印象に残った。


断片的なものの社会学

断片的なものの社会学