海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

カート・ヴォネガット『これで駄目なら』

ヴォネガット、じつは『タイタンの妖女』しか読んだことがない。
しかもどんなお話だったか、ほとんど思い出すことができない。
にも関わらず、とても感動し、何かとてもよいものに触れた感覚だけが
いまも残像のように心のなかに残っている。
光にあふれていて、あたたかくて、複雑なようででも単純なもの。


そんなイメージだけを抱いて、いつかのクリスマスに妹に文庫をプレゼントした。
ずいぶん前のことなので、贈ったことすら忘れていたら
つい最近、彼女が嬉しい告白をしてきた。
あの本をきっかけにヴォネガットの世界にはまり、私が挫折した『プレイヤー・ピアノ』だけでなく
スローターハウス5』も『猫のゆりかご』も『国のない男』も読んだのだという。
すごい。


『これで駄目なら』は、彼がアメリカの各地の大学や施設で発表したスピーチ集だ。
何度もヴォネガットは繰り返す。「これでだめなら、どうしろって?」
満足すること。金は使うためにあること。友を愛すること。大切な先生がいることを忘れないこと・・
ああこれでいいんだ。これからもこれでいいんだ。
読み終わったあと、からだの真ん中から勇気が湧いてきて、
それから今もずっと、まるで何かがキマったかのように
肯定感で満ち足りた気持ちが続いている。
本によって救われたり、エンパワーメントされるなんて本当に久しぶりで
こんな気持ち、何年か前に『自省録』を読んだとき以来なんじゃないか。
(そういえばあの時も2月だった。2月は私からすべて奪っていく。いやな季節だ)


そしてあらためて本を眺めると、装丁もとても美しい。
めくる紙の質感や、さりげない挿絵から、なんというか「良い本」のオーラがただよっている。
翻訳もきっと良いのだろう、円城塔は素晴らしい仕事をなされたと思う。


大切にして、これからも折にふれて読みついでいきたい。
ほんとにすばらしい本。妹にもまたいつか贈ってあげよう。



「何日かいいことが続いたなら、いいほうの異常が続いたってことだ。」



とにかく、いい方の異常を続けよう。