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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

書くことと二次創作

幼稚園のとき

年中から年長さんの間、お絵かき教室に通っていた。おばさんの先生が自宅で開いている、個人の教室だった。幼稚園の仲よし女の子数人と通っていて、誰かのお母さんの車で送り迎えをしてもらうのが常だった。よそのお宅の車の中ではカセットテープに録音されたJPOPが聞けるので、それも楽しみだった。(両親の車はグレン・グールドのバッハかクラプトン、そしてなぜかスピッツしか聞けなかった)


年長さんの時、その教室で卒業(?)制作として絵本を作った。自分で物語を考え、挿絵を描き、先生がハードカバーに製本してくれるという、幼稚園生にしてはちゃんとした絵本「執筆」だった。結構厳しい先生だったので制作は辛かったが、製本されたものを受け取った時すごく達成感があったのを、今でも覚えている。


タイトルは『ペンギンのスキー』。ペンギンの主人公とアシカの友だちがスキーをするというストーリー。正直なところ、当時私の人生のほぼ全てを占めていたピングーの世界観丸出しだった。作った時の記憶では、あくまでピングーに着想を得た上で自分なりに物語を展開したつもりだったけれど、今読み返すとどう読んでも二次創作・・というかパクリにしか見えない。でも、これが最初の「物語を書いた」体験だった。ちなみに、お絵かき教室を卒業して帰るときに乗っていたのはミドリちゃんのママの車で、かかっていたのはSMAPの「がんばりましょう」だった(歳がバレる)。

小学校のとき

小学校2年か3年のとき、また物語を書いた。『エンジェル・スイッツマー』というタイトルで、天使が活躍する冒険ファンタジーみたいな話だった。実はこれもゼロから書いたわけではなく、「耳をすませば」からインスパイアされたものだった。しかしこの時は流石に設定をパクることはせず、「耳すま」に出てくるモチーフ(ラピスラズリやヴァイオリンなど)を織り交ぜながら、独自のキャラクターをつくり、ストーリーを組み上げた。ツルツルした紙にボールペンで執筆し、挿絵も描き、オーカンジーのリボンで製本した。

中学〜高校のとき

中学生でオタクになり、二次創作に没頭した。マンガやアニメ、ゲームの二次小説を書いて、ファンサイトに投稿したりしていた。自分で書いてて恥ずかしすぎて完成しなかったけど、夢小説にもトライした。いま思えばあれがはじめてのCGIプログラミングだったかもしれない(ほぼコピペで意味を理解してなかったけど。)

いま

振り返ってみると、今まで何か小説めいたものを書くときは、かならず参照元があった。好きな作品があり、その世界にのめりこみ、妄想を手触りのあるものにするために文章を書いた。頭のなかでムクムク膨れ上がるそれを、何とか形状記憶したかった。今も、なにか書きたいと思うときは、たいてい小説を読んだあとなので、変わっていない。


いま、はじめて、ちょっとした歴史ものを書いている。平安期の大河ドラマや古文に触れた流れから、やってみたいことができた。未知のチャレンジなので、形になるかわからないけど、やっているとドキドキする。やっぱり私の好奇心の根っこは二次創作にある。趣味の二次創作だから、仕事じゃないし、誰かと張り合う必要もない。うまくなくていいから、自分が読みたいものを書く。最近そういうことが、改めて楽しいなと感じる。