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海の響きを懐かしむ

さみしくはない

メディアによるバイアスと、その付き合い方について

今月の初め、スタジオジブリの『レッド・タートル』の完成披露試写会に運良く行くことができた。監督らの舞台挨拶もあり、その様子を通して、改めてメディアについて考える機会があった。


舞台挨拶では、マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーが壇上に上がり、司会者の質問に応えていた。全体的に進行通りにきちっと進んでいて、爆笑エピソードやとりわけ面白いと思える話はあまりなく、淡々とした(悪く言えば、当たり障りのない)言葉が交わされていた。それでも巨匠たちの姿をこの目で見れたのが嬉しくて、楽しい気持ちで映画を観て帰った。


その日の晩、レポが載った映画・エンタメ系メディアの記事を見て、改めて、メディアの編集能力って怖いなと思った。全体的にサラッとしていて、取り立てて凹凸がないような監督達のコメントが、劇的で、立体的なものに再構成されていた。発言の本筋からは逸れた部分をセンセーショナルな見出しにしているものもあり、「えー、こんなこと言ってたっけ?」と思うような記事もある。特にスポーツ紙系は、違和感が強く残った。


当たり前のことだけれど、記事でも映像でも、第三者が取材・編集したものである以上、そこには誰かの意図や、一方的なものの見方が潜んでいる。今回は映画というエンタメ系の話題だったけど、日々起こる社会事象や何らかの事件もこうやって編集されているわけで、それはやっぱり怖いことだと思う。


メディアの言うことなんて信じないぞ、と言いたいのではなくて、ニュースや記事に接するときは、見えないフィルターを意識して、一歩引いた目線で見るように心がけようと、改めて感じた良い経験だった。