海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

J.S.ミル『女性の解放』

女性の解放 (岩波文庫 白 116-7)

女性の解放 (岩波文庫 白 116-7)

たとえば、世界の遠くはなれた国の人々がイギリスについて少し勉強して、イギリスが女王に統治せられていることを知ったならば、彼はこの上もなく驚くであろう。そしてそれはあまりにも不自然で、あるいは信じがたいとさえ思うにちがいない。ところが、イギリス人はこれに慣れているから少しも不自然だとは考えないのである。しかし、そのイギリス人といえども、女性が兵隊となり国会議員となったとすれば、それは不自然だと思うであろう。だが封建時代においては、戦争と政治とは女性にも不自然なこととは考えられていなかった。それはよくあることであったからである。すなわち、特権階級の女性は、体力以外の点では、その夫や父親にくらべて劣らないほど男性的でなくてはならぬとされていたのであった。

近代社会を通ずるすべての原則によれば、問題はひとえに女性自身にかかっている―それは、彼女自身の経験と彼女自身の能力の使用とによって決定されるべきものだからである。ある人または多数の人が何ができるか、それはその人にやらせてみるしかこれを知る必要はない―そして何をなすことがその人の幸福であるか、またその幸福のためには何をしないでおくのがいいか、他人がそれを発見する方法は、やはりその人にやらせてみる以外にはない。

二人の人が集まって任意に結合をつくる場合に、その一人が絶対の主権者でなければならぬということはない。ましてどちらのものがそれになるかを、法律が定めなければならないことはない。

陶冶された能力をもち、同じ意見と目的をもつ二人の人間、しかもそのあいだにはもっともよい意味における平等があり、たがいにすぐれた点をもちながら、しかもその能力や才能が似かよっている、そしてその結果各々が相互に尊敬しあうよろこびを味わい、相互に導き導かれつつ向上の道をたどることができる、そういう二人の結婚がどんなに幸福なものであるか。(中略)これが、そしてこれのみが結婚の理想であると主張したい。


読みはじめは「こんなに大切で当たり前のことばかり書いてある本が、どうしてあまり知られず、新版も出ずにいるんだろう」と思ったけれど*1、読み進めるうちにわかってきた。あまりにも当たり前すぎるからだ。


これを読み終えたあと、Kindleで「LEAN IN」を引っ張り出して、マーキングした箇所を辿ってみた。100年経って遥かに前進したようにも感じるし、何も変わっていないようにも思う。


*1:たとえば男女の性差の特徴について等、部分的には古さを感じるところはある