海の響きを懐かしむ

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ジャン・コクトー版『美女と野獣』(1946年)感想と、「物語が100年生き続ける」ということについて

どうもこんにちは。このひと月、映画『美女と野獣』を7回観て、脳の神経がおかしくなったんじゃないかってくらい毎回号泣している、id:mitsuba3です。


ところで本ブログのタイトルは、ジャン・コクトーの詩『耳』から拝借している。最近、不勉強ながら、彼が1946年に『美女と野獣』の実写映画を監督していたことを知った。これまでコクトーの詩や小説・イラストには少しずつ親しんできたものの、映像作品は全く観たことがない。早速DVDを購入した。Amazonで950円だった。

美女と野獣 [DVD]

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とりあえず観てみた


内容としては、ヴィルヌーヴ夫人/ボーモン夫人の原作をほぼ忠実に再現しており、当然ながら、ディズニーのお話とは大きく異なっている。話が逸れるが、原作のベルって三姉妹の末っ子で、わがままで傲慢な姉ふたりにイビられるっていう設定なんだよなあ。ちょっとシンデレラっぽい。

とりあえず感じたのは「稀代の詩人も、映画を撮ると案外凡庸だな…」ということだった。1940年代のモノクロ映画というと、どうしても「カサブランカ」を思い浮かべてしまうけれども、やっぱりあれと比べるのは酷だろうか。

映像的にアヴァンギャルドな部分はなくて、どこかミニチュア感が漂うチープなセットには、映画というより舞台を観ている気分になる。これはやっぱり、コクトーが戯曲やバレエを手がけていたことに由来しているのだろう。


コクトーの演劇的演出


特に演劇的だったのが、野獣の魔法の城の内部のセット。真っ黒な背景のなか、燈籠や階段、暖炉にイス、テーブルが一度に存在する空間設計。そして壁や柱の中に何人も人が入っており、彼らが不気味に動くことで、モノが勝手に動いたり、扉が開閉する仕掛けになっている。

この「ヒト=舞台装置」が、絶妙に気味が悪い「魔法の城」の雰囲気を醸し出している。コクトーなりに苦心して、こういった演出になったのだと思うけれど、やはり「演劇人」らしさを感じる。

野獣の本当の姿


唯一理解に苦しんだのが、ラスト、王子に戻った野獣の姿。実はこの王子が、冒頭でベルに求婚をするイケメンな青年―すなわちディズニー版で言うところの"ガストン"―と同じ顔なのである!(※同一人物ではなく、一人二役)…………えええー!?

青年の名はアヴナン。ガストンよりずっと、勇気があって凛々しい。ベルへの態度も誠実で、むしろ好青年と言ってもいい。アヴナンは、野獣を殺すついでに城の財宝を奪おうと試みるも、突如現れた"魔女"的な存在によって、野獣の姿にされてしまう。同時に、ベルの帰りを待って死にかけていた野獣が、アヴナンと同じ顔のイケメン王子に戻るのだ。

最後にベルは「本当はアヴナンを愛していたが、父の側にいたいので求婚を受け入れられなかった。今は、(アヴナンと)同じように野獣も愛している」と言う。王子も「両親が信仰を怠ったため、罪のない自分が野獣の姿にされたのだ」と、唐突にキリスト教的価値観を持ち出す。そしてめでたしめでたし……うーむ。

コクトー版『美女と野獣』の物語の意味


この結びを好意的に解釈すれば「愛は人を(あくまで表面的に)醜くもするし、美しくもする」ということなのだろう。城に閉じ込められたベルは、野獣の紳士的な態度を受け入れていく。また、自分を醜いと卑下する野獣を、叱咤するようなことも言う。

けれども、野獣が「醜く」、美青年のアヴナンが「美しい」という価値観が、ベルの中で最後まで揺らいでいるようには見えなかった。ラスト、死にかけの野獣の元にベルが戻ってくるまでは良かったのに、最後の最後にルックス重視とも取れるセリフがベルから出てきたことに、正直言って萎えた。いくらジャン・コクトーとはいえ、時代の限界と言うべき落胆を感じざるを得ない。とても残念で、かつ興味深いラストである。

物語は生きて、進化している


実写ディズニー版が唱えるのは、言うまでもなく「表面的な部分を超え、物事の本質や深い部分をいかに感じ取れるかが大切」というシンプルかつ重いメッセージだ。90年代のアニメ版を通過点として、その主張はより輝きを増している。コクトー版から70年を経て、ここにたどり着いたのだとしたらーーーいや、原作が書かれた18世紀末から今日まで、『美女と野獣』という物語そのものが、ずっと進化を続けているのだとしたら。

私がディズニー実写版で泣いてしまうのは、この「物語という生命」について、極めてメタな自己言及がなされている、と感じるからだ。例えば、エンドロールでセリーヌ・ディオンが歌う「How Does A Moment Last Forever」は、このような歌い出しだ。

How does a moment last forever? 一瞬を永遠にするには?
How can a story never die? 物語を続けていくためには?
It is love we must hold onto それは愛を離さぬこと
Never easy, but we try 決して簡単ではないけれど、努力して


時代は動いていて、物語は続いていく。ディズニーの制作陣はそのことを、確信犯的にやってのけている。俺たちが物語を続けていくんだ、という宣言のようなものに触れて、自然と涙が出てきてしまう。この歌は、”美女と野獣”の歌であると同時に、ディズニーという夢想家集団(=イマジニア)の決意表明でもあるのだろう。


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あーーーー、8回目、観たくなってきた……。