海の響きを懐かしむ

観たもの聴いたもの読んだものの記録と、日記など

劇場版シティーハンターを観た(ネタバレあり)&TVシリーズを観始めた

cityhunter-movie.com


友人らと一緒に観に行った。
予備知識ゼロで、Get Wildが流れるアニメってことしか知らなかった。
(なんで観たいと思ったのかきっかけは忘れた)
あとから、サンライズ制作だってことや、ジャンプ漫画ということを知った。


まずTOHOシネマズ新宿で観たのがすごくよくて、
映画館の周りの景色がガンガン出てきて楽しい。
自動的に聖地巡礼になっている感じだし、
他にも新宿の知ってる場所がどんどんでてきて
観光映画っぽかった。


びっくりしたのが、結構お色気推しのアニメで、ギャグのノリも古いので、
友だちと一緒に観てるのが正直恥ずかしかった。
たださすがサンライズが作っているだけあって
メカの3D描写とか、壊れたコンピューターの基盤が飛び散るシーンの書き込みとか
そういうところが細かくてよかった。


日曜日とはいえ公開から一週間経っているのに
満員で、若い人も多くて、すごく愛されている作品なんだな〜ということがわかった。
たぶんまんがやTV版を見た人ならうれしいんだろうな、というサービスシーン?定番ネタ?みたいなのがたくさんあって
ファンサービスたっぷりの映画なんだろうなと思っていた。
エンディングでこれまでのTVアニメの名シーンみたいなのが流れるんだけど、
全然知らない人間にはなにがなんだかわからなくて、気になっていて、
TVシリーズを観始めてしまった。


20話くらい観て、お色気にもだいぶ慣れてきて、おもしろさがわかってきた。
巨乳とか美人とか、今ならルッキズムだろって一蹴されそうなことが是とされる世界観なんだけど
これはこれでありと思えば楽しめる。


あとシティーハンターといえば、Get Wildだけ集めた4枚組のアルバムがあって
ずっと聞きたかったんだけど、ツタヤにいくといつも借りられていて
今日やっと借りることができたので聞いている。
ライブ版がたくさんあって、年代を追うごとにどんどん長くなって
最後にはGet Wildだけで27分とかになっている。


GET WILD SONG MAFIA

GET WILD SONG MAFIA

youtu.be

祖母の家にGoogle Home miniを設置した

一人暮らしの祖母の家にGoogle Home miniを設置することになった。導入しようと思ったのは母で、私が設定をした。最初はだいぶ苦労したが、現在以下のことができるようになっている。

  • 「おはよう」というと今日の予定とリマインダーを読み上げる
  • 決められた時間にラジオ体操を流す
  • 決められた時間にボイスメモを流す。内容は「おばあちゃん薬飲んで〜」と言うもので、娘(母)や孫の声が日替わりで流れる
  • 夜は「XXさん、お風呂に入りましょう!」とリマインダーが流れる

導入して2週間弱、とりあえず動かすのには成功していて、毎日ラジオ体操をしている模様。祖母は90歳で、歩くのも辛いという感じなので、運動をしてくれているのは大変うれしい。

ラジオ体操は、最初YouTubeのをただ流せばいいじゃんと思っていたが、なぜか「弾いてみた」系の動画ばかり流れてしまう。何度やってもだめなので、下記動画の音声のみを抜き出して、Google Play Musicにアップ→プレイリストを作ることで解決できた。

NHKテレビ・ラジオ体操
www.youtube.com


同様の仕組みで、ボイスメモも朝に流すことができている。

一番いいのが、やっぱり名前を呼ばれることで、うれしいらしい。デフォルトの呼びかけ意外にも工夫していて、リマインダーを読み上げるときも、「お風呂に入るというリマインダーがあります」と発語させるのではなく「"XXさん、お風呂に入りましょう"というリマインダーがあります」というように、あたかも話しかけている風に設定している。ちょっと日本語が変になるが。これはGoogle Calenderに設定する時のタイトルを変えて工夫した。

不便だな、と思っているのは、

  • 設定がスマホアプリからしかできない(母のiPhoneに紐付いており、たとえば私がPCから設定を変えるということはできない)
  • Google Play Musicが使いづらい。普通に曲をアップしてプレイリストを作るだけなのに四苦八苦した。私はいいが、母には無理そうだった。
  • Googleリマインダーの仕様がよくわからない。例えば朝に複数のリマインダーを読み上げる時、なぜか夜の予定を先に言ったりする。Googleカレンダーでセットしたリマインダーをアプリで読み出す仕組みも複雑で、母がひとりでできるようになるには、まだ時間がかかりそう。

といったあたりか。自分がGoogle製品に慣れていないだけかもしれないけど、いちいち使いづらいなと感じてしまう。

今のところminiが祖母にひたすら呼びかけている状態で、祖母がminiちゃんに積極的に話しかけているかはわからないんだけど、とにかく他の人がいろいろやって見せてあげるのが大切だと思う。

海外だと電話もできるようだが、日本ではまだダメらしい。早く実現してほしい。

後悔

過ぎたことは気にせず短絡的に生きている人間だが、唯一つ後悔していることがある。いわゆるタラレバというやつだ。

当時は自分なりに一生懸命考えて出した結論だったし、がんばっていたとは思うが、もっと賢い判断ができたはず、目先の利益に釣られて間違ったことをしてしまったと悔やんでいる。

その判断をしたおかげで経験できたこと、勉強できたことはあったが、私の人生の本質には関係のない、無駄な時間を費やしたと思う。

最近考えるのが、こういう経験を美化しないということが大切なんじゃないかと。「いい経験ができてよかったじゃない」と人は言うが、いい経験とはなんなのか?それを判断するのは自分じゃないのか?人のせいにするな。自分の判断なんだから、自分で責任を追わなければならない。

茨木のり子の「自分の感受性くらい」という有名な詩がある。ある時期は感受性という言葉が嫌で離れていたこともあった詩だが、10代の頃とは違い、大人になるとやはり刺さるものがある。

私はあの時、自分の感受性を守れなかった。それは事実なのだ。それを抱えて、これからの人生を生きていかなければならないのだ。

おめでたい席

大変おめでたい席にお呼ばれいただいたので、着物をレンタルしていった。
この歳になるとまともなドレスとかなくなってきますし。
ちょっと寒かった(特に露出してる手とスースーする足元が)のですが、酒パワーで最後はあったまっていました。


で、やっぱり、着物を着ていくのはいいなあと思いました。
ホストの方々にも喜ばれた気がするし、他の列席者の方々にもお声がけいただいたりして。
なにより緊張感があって、12時間近く着ていたけど酔っ払うことなく、意識を維持できたのがよかった。
これは単に借り物であるということもあるし、着物で酔っ払ったら相当みっともないという強い意識があったからだと思う。


着付けも含めて3万ちょっとしたけど、3万円のドレス買うよりはるかに良いと思ったし、
今後こういう場にお呼ばれいただいた時はこれでいいかな〜と思った。

iMacを買った

InDesignが落ちまくるのとMacBookだと肩こりがヤバいので貯金をはたいてiMacを買った。
すごく良い、はやい、これでゴリゴリDTPだぜ〜!と思っていたら
相変わらずInDesignが落ちるのでショボンヌしていた。
スペック的にはメモリ二倍になったのに〜と。ガビチョバーンと。

よく調べたら、CS6を使っているせいっぽい。
ちゃんとググると出てきた。
CS6はEl Capitan以降は対応していないのが原因の模様。

helpx.adobe.com

このとおりにやってみているが、落ちる時は落ちる。
DTP的には3月4月が山場なので、そのときだけサブスクリプションのCS8にしてもいいかもしれない。

なんでCS6なのかというと、いろいろ事情があるもんで仕方ない。
むしろこの環境で80ページ強まで作ったのを褒めてほしい。

コミュニティのメンテナンスと、こんまりさんと、「茶会のマダム」の実現について

先日、レトリカ4の刊行イベントに参加して、色々思ったことがあったので、それを書いておきたい。ちょっととりとめないですが。


イベントは第1部と2部に分かれていて、第1部では、レトリカ4のコンセプトである「棲家」について改めて説明がなされたあと、そのケーススタディとして津和野での高校生の下宿運営DESIGNEASTというイベントの事例が紹介されていた。

その中で、人間たちが集って何かを作っていくにあたり、その集まりを都度都度メンテナンスして行かないといけないよね、という議論がなされて、これが自分にとってとても興味深かったというか、考えさせられた。


というのも私はとある場所で発行されている小さなミニコミ誌にずっと寄稿をしていて、一時は編集作業もやっていたのだが、それが最近立ち行かなくなってしまった、という話を聞いてきたばかりだったからだ。うまくいかなくなってしまった原因はいろいろあるのだが、話を聞く限り、その手間とコストにみんな消耗してしまったようだった。私は中心的な関わりから離れていてはいたものの、精神的な拠り所のひとつだったので、それが失われてとても残念に思っていた。つまるところ、組織のメンテナンスがなされずに、「つくること」が主たる目的になってしまったのだと考えている。

これはとても難しくて、未だ答えを出せていないのだが、イベントの中で瀬下さん id:seshiapple がおっしゃっていた、「普段のメンテナンス行為をメディア化」これがすごく刺さった。そしてその事例としてぱっと思い浮かんだのが、こんまりさんのことだった。


私自身2013年にこの本を読んで実際に片付けを実践し、そのままメンテナンスをしているのだが、捨てられないものこそ多いものの、いわゆる汚部屋からは脱して、何がどこにあるか即座に把握できるくらいの部屋にはすることができた。これは個人の片付けという行為だけど、こんまりさんはときめき=Spark Joyという概念を導入することでその行為を劇場型というか、ドラマティックなものにした。

このこと自体はよく言われていると思うのだけど、それを組織の中に導入するにはどうしたらよいのか、その一つの答えが先の「メディア化」で、それが極まったものがNetflixの番組なのだと思う(まだ見ていないのだが)。瀬下さんからはさらに「こんまりさん=ソクラテス」説が出て大変おもしろかったのだけど、組織の中で定期的にSpark Joyを起こしていかないと、やっぱりみんな消耗してしまう。し、そのためには機運をあげてくだけじゃなくて、何かもっと別の仕組みが必要―そんなふうにあれこれ考えたのだった。


ところで私はここ近年、「将来の夢は茶会のマダム」とよくいっているのだけど、冗談ではなくこれは本気でそうなりたいと思っている。お茶会というのは「不思議の国のアリス」に出てくるアレで、要は彼らは一年中とにかく祝っていて、リスペクトを示してくれた人のことは誰でも受け入れてくれて、かつ微妙にクローズド、という世界観だ。この祝祭感と微妙なクローズド感は、「棲家」に通じるものがあるなあと今回感じた。まあアリスのやつは、毎日がお誕生日じゃない日(unbirthday)と言ってばっかりだけど、あれは要はSpark Joyみたいなものだと思っている(雑?)

で、私はいまウルフ本を作っているけれども、その中で擬似的に茶会のマダムになろうとしている。紙面という閉じられた場所で、ホストのおばちゃんになろうと試みている。本は頑張ればできるだろう。問題はその先だ。燃え尽きずに、人を変え場所を変えながら、メンテもちゃんとやるマダムでありつづけるにはどうしたらいいか、作りながら考え続けている。


↓アリスに登場するマッド・ハッター。この人はおじさん(おじいちゃん?)だが、毎日茶会をホストしている。

宣伝ツイートが100❤行った

サムネのウルフさんのお顔が切れているのが大失敗でした。


自分のツイートでこんなに伸びたのは初めてで驚いている。
純粋にウルフさんのお誕生日に乗じたのと、たまたまRTが多かったからだと思う。

これまでいろいろやってわかったのは、

  • わたしが今まで観測できていなかっただけで、ウルフ特集の需要は確実にある
  • 翻訳家や小説家の方のお目に留まりつつあり、その方面の方々にRT頂けている
  • インタビューや寄稿を依頼すべく、大学の先生に企画書を送ったところ、すべての先生方から内容についてお褒めの言葉を頂いた(お世辞かもしれないが・・・)
  • なので、アカデミア方面にもアプローチしたほうがいいかもしれない

という感じです。
でも、一般の人にウルフを布教したいという思いはやはり強いので(というかそれが最初のモチベーションだ)
いわゆる百合好きオタク、ガーリーなものがすきなサブカル女子などにも届けたい。


制作がんばりつつ、売れなきゃ意味ないので、マーケティングもがんばっていきます。

音楽、もうこの人達だけ追っておればOK

最近、新しい音楽を積極的に追おうという気持ちが完全になくなってきた。
大好きなアーティストの新譜さえ手に入ればそれでいい。

たとえば

この人達の曲を聞ければそれでいい。

もう、イケてる海外のバンドとか、トラックメイカーとか、全然追う元気が出ません。
上記の人々とコラボしてたりするとチェックするけど。
年齢なんでしょうね。悲しいな〜


Effet miroir

Effet miroir

  • ZAZ
  • ポップ
  • ¥1900
Scandale

Scandale

  • アリス=紗良・オット & フランチェスコ・トリスターノ
  • クラシック
  • ¥1600

Rhetorica#04の(とりあえずの)感想

rheto4.rhetorica.jp

レトリカの新刊、箱入りの二冊で、びっくりするほどボリュームがある。
装丁もきれいで、洗練されたセンスにまず圧倒されます。
まだ全体を読めていないのですが、下記4つの原稿を拝読しました。

Ver.0.0

「生き延びてしまった10年―ゼロ年代の後始末」
私はゼロ年代批評というのは殆ど知らなくて、大学入ったら動ポモを読んでいる先輩がいた、くらいの認識だったので、普通に勉強になりました。それと同時にレトリカメンバーの皆さんの思考過程を垣間見れて、面白く読ませてもらいました。

「私家版一〇年代文学部少史―アカデミズムと在野のはざまで」
文学部出身のおふたりによる回想録形式の対談で、とても面白かったです。
というのも、私は情報系を専攻していましたが、もともとは文学部をめざしており
学習院の文学部哲学科で美術史をやりたかった)
もし自分が文学部に進んでいたらどうなっていたんだろう?と、パラレルワールド的に想像しながら楽しく読みました。
また私も院進して調子がおかしくなったクチなので、共感できるところも多くありました。
後半の、入院された松本さんを見舞う石井さんのお写真に助け合いの友情を感じて、ぐっときてしまいました。

Ver.1.0

「コズミック・ハビタット―都市の呼吸困難」
冒頭の松本さんの論考。正直私のアッパラパーな頭では理解しきれないところが多かったのですが、「暮らし」に肉薄しているあたりは、一時期愛読していた「暮しの手帖」を連想しました。(松浦弥太郎氏や現編集長のものではなく、花森安治本人による「暮しの手帖」における生活の実践について)
「資本主義リアリズム」も購入したので、そちらを読んでから、改めて論考に向き合いたいと思っています。


「アプリケーションはあの顔たちを覚えていてくれるか―二〇一〇年代の画像・カルチャー・SNS
これは普通に読み物として楽しく読みました。おばちゃんなので最後のTikTokのくだりは特に勉強になりました。


残りの原稿も少しずつ読んでいきます、楽しみです!

↓我が家に設置されたレトリカ書籍(とカードキャプターさくらの原画集)の様子